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台湾の歴史・国際関係

台湾の基礎情報及び歴史についてまとめましたのでご紹介します。

 

台湾(≒中華民国)について

面積: 36km2(近畿25県:33km2)

人口: 24百万人(近畿25県:22百万人)

GDP/人(一人当たり平均所得) :25USD 世界35位 (日本:38USD 世界25位) 

公用語:北京語他

CIAFactbookによると台湾は:台湾海峡とルソン海峡に面した(安全保障上)戦略的ロケーション(米国にとって、アラスカ、日本、韓国、台湾、フィリピンが防衛ライン)※()は山田補足

 

 

 

歴史:

-1624年(大航海時代(織田信長の時代あたり)以前):マレー・ポリネシア系民族が大半、漢人はほとんどおらず。

 

1624年(江戸時代初期、大航海時代):オランダの植民地になる。漢人の労働者が移民。「台湾」という名の由来は先住民のシラヤ族の言葉「タイヤン(よそ者)」より。

 

1661 :

清に敗れた明の武将鄭(てい)さんたちが上陸、オランダを陥落。当時の人口構成(8万人先住民、2万人漢人移民、鄭さんたち3万人)

 

1683:

台湾の明政府は大陸の清に敗れ全面降伏、清領となる。

 

1895(帝国主義時代、明治時代):

日清戦争により下関条約が締結。台湾が日本領になる。その後台湾にいる人は全員準日本人と見なされる。その後反日暴動が各地で発生。日本は反日気運対策として、経済・インフラ・教育に投資、日本語学校全土に開講。その後、日本敗戦まで50年間は日本の一部となる。この時の人口構成:人口300万人うち漢人255万人

 

1939-1945(第二次大戦中):

台湾の先住民を中心に約20万人が日本軍へ参加。反日運動はほぼなし。日本の敗戦により、台湾が中国(中華民国(国民党)・蒋介石政権)となる。

 

1947(戦後):

国民党(中国本土)の支配に台湾市民が反発 国民党は台湾市民を弾圧し1ヶ月で28千人の台湾市民を虐殺

 

1949 :

中国本土で、国民党(中華民国)は共産党勢力に敗戦。中華人民共和国(中国本土共産党)が成立。

 

当時人口600万人の台湾に国民党員150万人が移民。対共産党との紛争のため、台湾で戒厳令(憲法(国民の権利)を停止すること)を発令、その後1987まで戒厳令は継続、世界最長の戒厳令となる。また、旧日本軍の将官の一人(根本博中将)を雇い、共産軍(中国本土)に対する反撃の指揮権を委ね反撃する。

 

1950-:

北朝鮮(共産勢力)が韓国へ進軍、中国の台湾侵攻を警戒して、米国が台湾の防衛強化

 

1971: 

それまで国連加盟国は中華民国(台湾)であったが、中華人民共和国(中国本土)が国連加盟し、台湾は脱退となる。以降も台湾(または中華民国)は国連加盟を申請しているが認められず現在に至っている。

 

 

2005: 中国本土で、反国家分裂法(台湾の独立を認めない法律)が成立。現在に至る。